第1章 突然そんなこと言われても。

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(お前のバッグ取ってくるから待ってろ。自分の靴履いてトイレで待っとけ。) 大変男前な口調のこれは先程のミルキーボイスの持ち主と同一人物である。 言われた通りに自分のパンプスを下足置きから取って履き、トイレに向かった。 ドアを開けると、ラベンダーの芳しい香りに包まれた。 消臭ポッドの効力ではあるが、今は富良野のラベンダー畑に相当する。 本日何度目か分からないため息を盛大に吐いて、トイレの個室へ入った。 用を足して手を洗っていると、私のバッグを持って彩哉が入ってきた。 「うるさい連中だな。暑苦しい野郎どもだ」 取ってきてくれたバッグを私に手渡しながら、外見とは全く真逆の言葉遣いで彼女は言った。 「私、数分間で50kmを完走したぐらい体力消耗した・・・」 「あの地獄行きカマキリに絡まれちゃ無理もねぇよ。」 Dr.頭痛生ホルモン以外にも彼は名前を付けて貰っていたらしい。しかも、地獄行きカマキリとは。彩哉は彼の着ていたTシャツと彼の容姿を取り入れて考えたのだろう。 黒地に「Go to HELL!!」と元気よく白い文字でプリントされていたあのTシャツは何だったのか。 そもそも命を尊ぶ職業の彼は、あれを購入するとき躊躇いがなかったのだろうか。 いずれにせよ、病名、内臓、昆虫、しかも地獄行き。 彼の主張通り、身の上は多忙を極めているようだ。 「桜夜子、用は足したのか?」 「うん、さっきね。」 「じゃあ、さっさとずらかるぞ」 「えっ!!果穂と珠実は!?」 「さっきLINEした。あいつらはさらに5分後に出てくるらしい。お前は私が連れ出すって計画なんだ。」 「あぁそう・・・って、計画?」 「最初から途中でずらかる予定だったんだよ。」 「じゃあなんで集まったの!!」 「あいつら皆果穂の仕事の知り合いで、友達紹介しろってうるさかったから、黙らせるために1回は要求を飲む選択をしたとかなんとか」 最初から接待合コンだったのか! 何故選りに選って、親友の誕生パーティーにそれを持ってきたのか!! 高校以来彼氏ができない私に出会いをプレゼントするとか言ってくせに! 「納得いかねぇ顔してるが、まず出よう。ラベンダーくせぇ」 悔しさと怒りで下唇を噛み締めながら、彩哉にずるずるとトイレから引きずり出されて居酒屋の出口へ連行された。
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