姉の恋人

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 美奈はたびたび、友達と出かけるようになった。両親も斉藤さんも、結婚したら友達ともそんなに会えなくなるから、という美奈の言葉を疑わなかった。多少、おかしいとおもったとしても、マリッジブルーの美奈を、刺激したくないと思って、自由にさせていたのかもしれない。  やがて結婚式の準備が明らかに滞りはじめた。    「お姉ちゃん……」  美桜は胸がざわついて仕方なかった。姉の行動は明らかにどこかおかしかったし、あの電話も気になっていた。あの時の1回きりだったが、美奈の弾んだ声が、いやに耳に残っていた。しかし結婚を控えた姉に、「浮気しているのか」とはなかなか聞きにくかった。  疑いを心に秘め、姉と斉藤さんがぎくしゃくしていくのを見るたび、美桜の心にはいくつもの小石が投げ込まれ、波紋が広がっていった。  気が付くと斉藤さんがしゃべったり笑ったりしている口元を、ふと思い描いていることが増えて、落ち着かなかった。          ※  「美桜」  ある日、美奈が真剣な顔で二階の美桜の部屋に入ってきた。  「美桜。美桜だけは、私の味方でいて」  と震える手で、美桜の手をつかんだ。五歳年上の美奈はいつでも、美桜の前を歩いていた。勉強を教えてくれたのも、お化粧の仕方を教えてくれたのも、仕事の悩みを聞いてくれたのも、美奈だった。これまで美奈は優しくて頼りになる姉だったのだ。    「どうしたの、お姉ちゃん……」  見たことのない姉の様子に心細くなり、美桜は美奈の顔をのぞき込んだ。てっきり不安げな顔をしているかと思ったら、美奈の目はギラギラと力を帯びていた。先ほどから震えている手は、怖さではなく武者震いのようなものだったのかもしれない。  美桜は怖くなって、美奈の手をギュッと握りしめた。手を離してはいけない気がした。手を離したら取り返しがつかなくなる……、そんな予感がして。  「美桜、ここにいて。何があっても下に降りてこないで。私は大丈夫だから。分かった?」  と美奈は下を向いたまま、美桜に言った。わけもわからずに、美桜がうん、と頷くと、今度は美桜の手を振り払って部屋を出ていった。  そしてドアを出て行くとき、振り返って美桜を見た。    美奈が階段を降りる、トントントンという音が、何かが壊れていく秒読みのようだった。  これから聞こえる声から身を守るように、美桜はベッドサイドに座り込み、布団に頭を押しつけた。そして手近にあったクッションを頭からかぶって耳を塞いだ。
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