113人が本棚に入れています
本棚に追加
※
「美桜。悪いんだけど、これ、斉藤さんに届けてもらえないかな?」
と美奈が差し出したのは、斉藤さんの私物だった。ジャケットやUSBメモリ、タブレットもあった。
「高価なものがなければ、捨てちゃおうかと思ったんだけどね。タブレットとか、買ったばかりだったし。私はもう、会えないし」
霜田さんとの未来にかけ足で向かっていく中で、美奈は斉藤さんの物をきちんと整理したくて、美桜に頼んだのだろう。
美桜は手を出して、紙袋を受け取った。
「うん、いいよ」
受け取るとき、美桜がそう言うと、
「ありがと!」
と美奈は肩の荷をおろしたような明るい声だった。
美桜の体の中で斉藤さんをひどく傷つけた姉を許せない気持ちと、それでいて何か別の、例えば姉と共犯者でいるような気持ちがせめぎ合っていた。
美奈が斉藤さんと別れたと知った時、美桜は喜んでいる自分がいることに気が付いてしまった。その浮き立つ気持ちはレーザー光線のように、まっすぐに斉藤さんに向かって伸びていく。
だから紙袋を渡された時、美奈に斉藤さんを託されたような、そんな感覚が湧いてきてしまったのだ。
立場は逆だが、美奈にしても同じ気持ちだったのかもしれない。なぜならその後の美奈の動きはとても素早かったからだ。次の日には式場をキャンセルしたし、結婚の報告をしていた人には結婚しなくなったと伝えた。
新居用のマンションは、まだ手付金も入れてなかったので、違約金も支払わずに済んでよかったと美奈が電話で言っていたのを、美桜は聞いた。
意外なことに、霜田さんはいい人だった。すぐに美桜の両親に挨拶にやってきて、結婚を破談にしてしまったことを真摯に詫びた。そして美奈への気持ちが真剣であると言って、結婚前提に付き合っていると言った。ジャニーズの誰かに似たかっこいい人だったが、くちびるは薄かった。
初めは警戒していた両親も、霜田さんの誠実な態度と、なによりも美奈の幸せそうな姿にほだされてしまった。
斉藤さんと付き合っている時の美奈は、友達のような仲の良さだったが、霜田さんといる時は、体から喜びが弾けだしているようだった。霜田さんの話をする時に照れたり、ウキウキとデートの洋服を選んだり、まさに恋する女だった。
輝いている娘を見れば、両親が「結婚してしまう前でよかった」と破談したことをむしろよかったと考えても、無理はなかった。
最初のコメントを投稿しよう!