第1章

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 梶川栄之進は「殺せころせ!」と半狂乱になっている。濡れ縁に近付くと障子を付き破り部屋の中から槍が繰り出された。その槍を二つに斬り、穂先部分を部屋へ投げると中から絶叫が聞こえた。正面左右からくる刀を弾き、払いながら進むが敵は湧いて出て来る感じがする。惣介が刀を一閃するたびに血飛沫が舞い上がる。  ――きりがねえべ。  惣介の後ろには十を超える屍が横たわり、五を超える男が苦痛にのたうち回っている。 「ぐりやゃー」喉元への鋭い突きを左へ弾き相手の首筋を薙ぐと、血を吹き上げて仰向けに斃れた。手にする刀はすでに刃が鋸のようになっている。大きく息をして敵を睨め回した。ゆっくりと腰を屈め、斃れた男の刀を奪うがもはや遠巻きにしているだけで、向かってくる者はいない。もう一度大きく息をした。深手はないが無数の傷を負っている。どっこいしょと立ち上がった。  ――歳だな。息が上がってる。 「な、な、何をしておる! は、早く殺せ」梶川栄之進の発狂する声がむなしく響く。孫左衛門も姿を現し成り行きを見守っている。側にいるのは三国屋の甚介だ。  玉砂利を踏む足音が聞こえた。囲む人垣が割れて奥村左門が現れた。見るからに屈強そうな男三人を従えている。三人は惣介の左右と後ろを固めた。 「一対一の勝負はしねえのか」 「生憎ですな。手負いの獅子ほど危ないものはない。私は目的を達成するためには手段を選ばない男です。それに早いところ娘を捕えに行かねばなりませんから」  そうと聞けば、死んでも行かせるわけにはいかない。  左右と後ろの男が同時に斬り込んできた。惣介は奥村左門めがけ飛んだ。宙で回転しながら、体を極限まで捻って水平に薙ぎ、返す刀を上段から振り下ろした。ピシッ、ビシュッと凍てつく冷気が十文字に斬り裂かれ惣介の足が地についた時、三人は無言で仰向けに斃れた。奥村左門は二間ほど跳び退いたが、右袖が大きく切り裂かれ、血がスーッと流れ落ちた。自信に満ちていた男が初めて恐怖を表した。  二太刀で三人を倒したが奥村左門はわずかに傷ついたのみ。悔いがあるとすれば自分の刀で勝負出来なかったこと。手にする刀は鍔元から折れていた。  ――秘剣十文字斬り。仕留められなかった、かえで逃げろ!  奥村左門の表情が驚愕から憎悪に変わった。 「死ね」刀が一閃した。               四
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