疫病草

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 ギンは交通事故に遭った瞬間に香織が大勢の男たちに輪わされ,淳史には顔面を殴られ,バクには焼けた鉄棒を肌に当てられる光景を見ていた。悲鳴をあげながら逃げようとする香織の背中を激しく蹴る淳史と,全身を縄で縛られ動けなくなっている香織の身体中に肌が裂けて血が滲み出るまで鞭を打つギンの姿は悪魔のようだった。  そんな香織を悠が優しく迎えると,悠は香織に暴力をふるうことなく,何時間でもお互いにつながることを許している姿が見えた。香織は悠とつながっていたく何時間でも口で奉仕した。それが香織にとっては幸せで,初めて自分を受け入れ必要としてくれる男だと心の底から感じていた。  やがてギンが病院のベッドで目を覚ますと,真っ白な病室の端にグチャグチャに潰れた顔の香織が立っていた。その表情は見えなかったが,ギンが意識を取り戻したことを喜んで笑っているようだった。  ギンは誰にもなにも言わず,退院するまでずっと部屋の片隅にいる香織を見ながら過ごした。そして退院が決まった日の朝,姉に無理を言って花壇のあるところへ一緒に来てもらった。  警察が調べたところ,花壇に埋まっていたその遺体は悠と香織だとわかったが,死因もわからなければ,誰が埋めたのか,花壇で白骨化するには不自然なことばかりで誰もが混乱した。  そこに二人が埋められていることをギンが知っていたことも疑問だったが,誰もギンが事件に関与していたとは結論付けられなかった。  それ以来,秋になるとこの花壇には満開のリンドウが咲き,あたり一面を青紫色にした。本来であれば,群生して咲くことのないリンドウがこの花壇だけは綺麗に咲き,他の花を植えても秋になると必ずリンドウが咲くことで,二人の遺体が埋まっていたことを知る管理業者達もここに手を入れるのを躊躇した。  そして,いつ誰が取り付けたのかわからない小さな看板がいつの間にか花壇に設置され,そこには「悲しんでいるあなたを愛する(リンドウ:疫病草の花言葉)」と書かれていた。
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