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小さい頃は、夏が一番好きな季節だった。
海の水に入って、太陽の光を浴びて、それだけで絵本の中の人魚姫になれるような気持ちがした。
「夏」という言葉だけで憂鬱になり始めた日から、きっと私は大人になったのだと思う。
今年も北極では氷が溶けている。家の近くでは花火が上がっている。
今夜は特に暑いと何度も何度も繰り返すテレビを消して、「湿度100%とか、ほぼ海じゃないっスか」と大真面目に言った馬鹿な後輩のことを思い出しながら、今日も一人、布団に入る。
…暑い。久しぶりに熱帯夜を経験するとまあ暑い。去年もこんなに暑かったっけ、と、エアコンのない部屋に扇風機をつけた。
…しかし暑い。絶対去年はこんなに暑くない。
まるで悪い夢にうなされているかのように、寝返りを打ってみたり枕を裏返してみたり、扇風機で体を限界まで冷やしてから布団に戻ったりしてみるが、一向に眠りにつける気配がない。
「横になって目を閉じるだけでも疲れって取れるんだよ」という誰かの言葉を思い出しながら、布団の中で一つ、溜息を吐いた。
と、暗闇の中に、1人の男が浮かび上がる。
そして、同じ言葉を繰り返す。
「横になって目を閉じるだけでも疲れって取れるんだよ」
…思い出した。あいつの言葉だ。
それは、一ヶ月前までは一番大切な人だったのに、今となっては世界で一番憎い男だった。
当時の私は、彼の言葉を疑った。
「うそだぁ」と返すと、「じゃあ試してみる?」と彼が微笑む。
そのまま2人で倒れ込んで、2人で寝るには少し狭い布団の上で抱き締め合って、「暑いね」と笑いながら目が合って、それから…
「や、やっぱり暑いね!喉渇かない?何か飲もうか!」
と言って勢い良く布団から逃げ出した途端、回想中の私の目に、あの男と別れてからの私の部屋が飛び込んできた。
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