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眠いわけでもない。どこか苦しいわけでもない。ただなんとなく体がだるくて、ベッドに転がりながらネオン街を見上げていた。
視界には歪な夜景が広がっていた。
磨りガラスの向こうでは、先程から狂った色合いの幾何学模様が蠢いている。まるで万華鏡のようだ。それらを眺めていると、こんなボロアパートでも〝ここは都心なのだ〟と思い出させてくれるのだから気分がよかった。
サイドテーブルのペットボトルを手に取る。中身はもう空だった。
放り投げると、ペットボトルは的を外れフローリングを叩いた。ゴミがゴミ箱に命中する確率なんて二割程度だ。人生は思うようにいかない。
卒業証書を破って捨てたあの川辺は、ひどく透き通っていた。それと比べると、この街はよっぽど綺麗だ。
路地には不気味な黒猫が潜んでいて。人は皆何か見えない仮面を被っている。深夜一時でも、窓の奥は金にも銀にも輝いている。
この地は私にとって、憧れだったのだろうか。それとも逃避先だったのだろうか。
考えてはみるけれど、結局どうでもいいことだ。小さなボストンバッグだけを持って、私はあの川辺を後にした。後悔なんかしていない。
「サツキー。生きてるか?」
カズがドアを叩いている。
インターホンは壊れたまま放置していた。そういうのもオシャレかなと思ったし、なんとなく〝命のある者の呼びかけ〟の方が応答しようという気にさせてくれるから。
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