【一片】

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 幼い頃から患っていた心臓の病。楽しそうに駆け回る同い年の異性を見ても、同性を見ても羨ましくて、嫉妬し過ぎて嫌になるぐらいだった。自分自身が本当に存在しているのかさえ、わからなくなる。誰の視界にも入らない、名前すらも誰も覚えていてくれもしない。だから、高校に入学してからすぐに髪を金色に染め、どんな風でもいいから、目立つようにしていた。当然、教師に目をつけられ、上級生に目の敵にされる。それでも、真冬は真冬という存在を誰かに知って欲しかった。いずれ、消えていく命ならば尚更、頭の片隅に、誰かの記憶でいいから在りたかったのだ。 「寒いだろ? これ着てろよ?」  初めて言葉を交わした時の幻聴が、はっきり耳に届く。咄嗟に周りを見渡してしまった後、誰もいない虚しさに唇を噛んだ。真冬にとって大切な思い出は自ら終止符を打ったはずの心に鮮明に甦ってくるのだったーー  雲が太陽を隠し、気温を下げていく中、野球部はグランドをひたすら走っていた。その姿を座りながら眺めている真冬に気づいてくれたのが秀で、嬉しそうに笑いながらウインドブレーカーを差し出してくれる。校則の厳しい高校にいながらこんな髪色をしている真冬に抵抗なく話しかけてくれただけで、真冬の名前のように冷え切った心は溶け始めたのだ。 「いらない……、臭そうだし」 「いやいや、大丈夫だって。むしろ、これ着てみ? まるで俺に抱き締められてるみたいだから。ほら、渡井」  教師に頭髪の注意をされる以外に呼ばれた事のない名字。悪ふざけのつもりで秀は言ったのだろうが、真冬には想像しただけで恥ずかしい。半ば無理矢理ウインドブレーカーを取ると胸に抱き、目を逸らしながら、わざと舌打ちをしてみせた。 「じゃ! 練習に戻るから、終わるまで預かっといてな!」 「はっ?! 何で私が!」 「ついでに家まで送るからさ! 六時半には終わるから! あっ! 俺の名前、秀だから! 隣のB組、佐伯秀!」  ひらひらと手を振りながら離れていく秀。話しかけられる事がこんなに嬉しいと思わず、膝に顔を埋める。その瞬間、ウインドブレーカーから柔らかい香りが鼻腔を抜けていった。
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