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夏樹の電話に出た男は、
「もしもし、すみません、すみません」
なぜだか何度も謝りながら歩いている気配がする。
それもそのはず、電話の向こうは背景が非常にやかましい。
春一が何かしゃべってもきっと聞こえないのだろう。
耳障りな電子音と人のざわめく声。
そのまま辛抱強く待っていると、やがて少し静かな気配に変わった。
「もしもし、お待たせしてすみません。ワタクシ、PキングⅡでフロアマネーシャーをやっている、吉川と申します」
男はこの辺りのパチンコ店の名前を告げる。
ただし春一にはパチンコの趣味はないので、その店がどこにあるのか、さっと頭に浮かんでこない。
あの系列の店は、同じ名前でⅠ、Ⅱ、Ⅲと店舗展開しているのだ。
とにかくそんなパチンコ店の店員が、なぜ夏樹の電話に出るのだろう。
「この電話の持ち主をご存知ですか?」
吉川と名乗った店員に問われ、
「はい、家族のものです」
つい社会人の性で丁寧に答える。
本当なら、こんな呑気なやり取りをしているヒマはないのだが、
「良かった。落とし物として届けられたのですが、持ち主がわからなくて困っていたところなんですよ」
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