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まさにその通り。
自分の粗暴さに自覚がある春一は、慎重な手つきで皿を洗っていく。
もしも力加減を誤って皿を割ったりすれば、その破片はどこまで飛ぶかわからない。
どんなに掃除したつもりでも、細かい破片が意外な場所に残っていたりする。
鈴音は来生家で一番キッチンに立つ回数が多いから、後日そのカケラで怪我でもしたら大変だと。
そんなことを考えると、皿を洗う手つきも真剣になる。
鈴音を傷つけたくない。
鈴音を守りたい。
特に今日という特別な日にくらい、春一の気持ちを、ちゃんと鈴音に伝える覚悟がある。
なんたってせっかくの誕生日だ。
気を使ってくれた弟たちは、早朝から揃って出かけたという。
情けなくも寝坊してしまった春一が目覚めたのはついさっきだが、鈴音は春一のリクエスト料理を用意して待っていてくれた。
こうやって鈴音と並んで皿を洗える時間の、なんて貴重なことか。
平和で幸せで、まるで新婚生活のようじゃないかと、
「美味かった」
自分の肩ほどの背丈しかない鈴音の頭のてっぺんにボソリと告げる。
あまり言ったことがないので、ものすごく照れたが、横に並んでいるから鈴音の顔を見なくてもすむ。
「鈴音の料理はいつも美味いよ」
しかし、
「――」
鈴音はこちらを見ることもなく、慣れた手つきで春一が洗った食器の泡をすすいでいく。
「?」
もしかして水音で聞こえなかったのか。
「……」
まあ、春一のタイミングが悪いのは今に始まったことじゃないので、諦めて小さく息をつく。
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