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さて、こんな風に皿洗いで疑似新婚生活を実感している場合ではない。
春一だってこの時間が、貴重なチャンスだとわかっている。
「……なあ鈴音」
さっきの失敗を踏まえて、心持ち声を大きくして鈴音に話しかける。
今日のスケジュールは特に決まっていない。
決まっていないが、春一にはやりたいことがある。
それは、文字通り『ヤリたいこと』で、改めて口にするのはとても恥ずかしいことだ。
恥ずかしいが、鈴音の体の都合だってあるから、やはり聞かないわけにもいかないことで、
「……えっと、鈴音」
意を決して声をかけたら、
「ん?」
それはそれは可愛らしい顔で、鈴音は振り仰いできた。
「……」
なぜだ。
春一の目には、いつだって鈴音に『キラキラフィルター』がかかる。
キラキラと光る眩しい背景でも背負っているんじゃないかと思う。
こちとらやましいことで頭がいっぱいなのに、そんなことを考えたこともないみたいな、まっすぐに見上げてくる瞳が可愛い。
機嫌がいいときは鼻歌を歌うクセで、うっすらと開いてしまった唇が可愛い。
急に、力いっぱい抱きしめたくなった。
皿を持っていなければ、間違いなく行動にうつしていただろう。
「春さん?」
小首を傾げる仕草に妙な色気がある。
水滴が飛んで濡れた頬が、なんだか艶かしい。
つい、春一の喉がゴクリと鳴る。
自分は鈴音の婚約者だ、体の都合など気にする必要はないのではないか。
少し強引に迫って、嫌がっても構わず……。
「鈴音」
声が劣情で掠れるのを自覚する。
「……鈴音」
今すぐにでも、鈴音を奪いたくてたまらなくなった。
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