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彼は言った。
「俺は、人には見えないものが見えるんだ」
それはつまり、幽霊やあやかしものの類いのことだった。
私なんかにそれを言ったのは、相当彼がまいっていたからだろう
「ごめん。見ず知らずのあなたにこんなこと言って」
「いいですよ。私にも、見えますから」
つい言ってしまった。彼があまりにかわいそうで。
「ほんとですか?」
「……ええ」
彼は私にいろいろ話してきた。
私はそれを聞いていた。
対処法も教えてあげた。
彼は次第に元気になっていった。
人付き合いも普通にできるようになったと言いながら、彼はまた私に会いに来ていた。
ただ一時、そこに居合わせただけだったはずの私たちは、いつの間にかそこで話すのが日常になっていた。
「この日常が、いつまでも続けばいいのに」
「そうね。でも、それは無理なのよ」
「現実的なことは言いっこなしだよ、こういうのは」
そうね、現実的なことは、言いっこなし。
それからも、彼と私はそこで会い続けた。
彼が誰かと喧嘩したときは心配した。
元気がないときは慰めた。
愚痴だって一杯聞いた。
時にはアドバイスをしてしまったり。
月日が流れて。
好きな人と結婚すると聞いたときは驚いた。
その人との子を育んだと聞いたときは喜んだ。
難しい病気なのに、病院から抜け出してきたときはこっちが死にそうになるくらい焦った。
彼の葬式に参列したときは、涙が出た。
「ほらね。だから言ったでしょ。いつまでもは、無理なのよ。だって人間の時間は、短すぎるから」
あやかしものの私とでは、生きてる時間の長さが、違ってしまうから。
ごめんなさい。あなたにとって、私は嘘つきなのかもしれない。
あなたと同じ、あやかしものが見える人間ではなかったのに。
あなたを救いたいと、不意に思ってしまったから。
あなたに儚い希望を持たせてしまった。あの言葉の後のあなたの顔を見ればわかった。
あなたが誰かと結婚したと聞いて、ほんとに驚いたし、泣くほど嬉しかった。
あなたが無茶をして私に会いに来てくれて、嬉しかった。
嘘をどこかで分かっていながら、会いに来てくれて、本当に嬉しかった。
会えて良かった。今度の人生は、より良いものになるといいね。
次会うときは知らんぷりするから、ちゃんと気付かず通りすぎて、ちゃんと全部、人間と生活してよね。
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