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言えない
自宅玄関ドアの鍵を解錠の方向に回したら、開いた感覚がなかった。
え? っと思って反対方向に回したらカチャっという音と共に鍵に手応えがあった。
回す方向を勘違いしてたのかと思ってドアを引くとロックされた時のガッと止まる音と抵抗を感じる。
え、じゃあやっぱり開いてたのか? と思ってまた鍵を回す。
鍵をかけ忘れた事はないし、部屋からご飯を作ってる時の良い匂いがしてくるから、合鍵を渡してある彼女が来てるんだな、と分かった。
出来れば一応、部屋に入る時は連絡して欲しいけど…。
ま、いっか。
そう思えるのは、彼女の作る飯がなんでも旨いからだ。
完全完璧に胃袋を掴まれている。
帰宅してドアの前に立って、彼女が来てる事が分かった時は素直にすごく嬉しい。
腹が減ってる時は尚更だ。
でも、今日はダメだ。 嬉しいけどダメだ。 困った。
ちょっと走って来ようか…などと考えていたらドアがそっと開いた。
そこから顔を覗かせた彼女と目があった。
「あ、やっぱり。 お帰り~」
「た、ただいま」
「どうしたの? 入らないの?」
「あ、うん。 えーと…。」
「ん?」
「いや、なんでもない」
玄関を開けたらすぐキッチンの、よくある間取りの賃貸マンションの部屋だから、彼女がどれだけ頑張って飯の準備をしていたのかもすぐ分かる。
今日もいろいろ作ってくれているみたいだ。
「今日はハンバーグ作ってみたよ。 この前食べたいって言ってたから」
「あ、そうなんだ。すげぇ。 嬉しいな。」
彼女が優しい笑顔で見つめている。
僕の鼓動が少し早まる。
「すぐ食べるでしょ?」
「あー、うーん、そうだね。」
「ん? どうしたの? 今日はお風呂先に入る?」
「あー、うーん、先に食べようかな。」
「そう? なんか今日は変だね」
「え? そう? 変? そうかな? ははっ。 とりあえず着替えてくるね。」
言えない。
今日は仕事が早く終わったから、前から行きたかったラーメン屋でチャーハンセットを食べて満腹だなんて…。
言えない。
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