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俺はあの人と会う前は人生ドン底だった。私生活もゴタゴタがあり、この見た目のせいで誤解される事も多く、好きでなったパティシエという仕事でも接客は向いていない。自分が作るスイーツにもなかなか自信が持てずにいた。
そんな時、高校生バイトの西村さんがこんな事を言い出した。
「あの可愛い常連さんまた来てます!」
「可愛いって女の人?」
店長が尋ねると、彼女がスーツを着た男の人だと答えた。俺も何となく気になったので、仕事をしながら作業場からこっそりと客席を覗いた。
見るとその人はこの世の終わりのような顔で、とても可愛いとは言えない雰囲気だった。俺には人生に疲れ、干からびた可哀想なサラリーマンという印象だった。その時は、どこも可愛くはなかった。
しかし、ケーキと紅茶が運ばれてケーキを食べた彼の表情を見て、俺は目が離せなくなった。さっきまでとは雰囲気ががらっと変わり、ケーキを頬張る姿がとても幸せそうで表情も柔らかくなっていた。見てて飽きなかった。
─ ─ ─ ────
「ごめん、比嘉ちゃん。今少し手が離せなくて……悪いけどレジお願いしていい?」
「……はい」
店長に頼まれても正直レジは苦手だ。人前に立つという事に抵抗があり、キャスケットを目深に被りマスクをして顔が見えないように作業場から出た。レジを待っていたのはあの人だった。
なるべく顔を見せないように淡々とレジをこなし、お釣りを渡した。
「……ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました! ケーキ、とても美味しかったです! ごちそうさまでした!」
まるで子供のような無邪気な笑顔でそう言ったこの人を見て、俺は自分のスイーツでこんなに笑ってくれる人が居るんだと安心出来た。この人によって、俺の気持ちは救われた。
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