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序
涙が流れて川と成り、海に成るまで幾星霜。
針葉樹の切り立つ森に、静かに水を湛えし泉。それは誰の涙の為せる業か。月は遠く天空に、地平は遠く緑が居並び、其処に在るは嘆くガラスの塔のみと、誰が知り得るか…
…声を無くした姫君は、ガラスの塔の最上階でただ一人、孤独と恐怖に震えて眠る。日の光が哀れみと共に降り注いでも、姫君を癒すことは無く。
青い空はどこまでも青く、姫君に遠い祖国を思い起こさせる。曇天は孤独を弥増しては姫君を絶望させ、雨は冷たく降り注いでは姫君に悲しみの爪を突き立てる。
音の無い静かな夜、それは星の瞬きが聞こえそうな静寂の中。月が天に姿を見せた時、月の魔物がガラスの塔に舞い降りる。月が夜空に君臨している間だけ、魔物は地上に留まることが出来るのだそうだ。
そうしてそのひと時、魔物は奪った声を姫君に返す。一夜の間、姫君の歌に聞き入るために。姫君は歌う。今の、この現を忘れようと、ただ一心に歌う。
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