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「それなら早速今日撮るってのはどうだ?」  やけに愉しそうに弾む声の育都に、俺はぶんぶんと首を横に振った。 「ごめん、今から実家に帰るんだ」 「Yまで? 電車?」 「高速バス。いけね、九時半の便だからそろそろ行かないと」  店内の壁掛け時計を見て、慌てて立ち上がった俺の前に長い腕が伸びてきたと思ったら、ぎゅっと腕を掴まれた。 「……なに、」 「俺が送ってやるよ」 「……え?」 「今日は十日ぶりの休みなんだ。一日フリーだから、俺も一緒に行く」 「……いや、でも……」  話の展開に、思考が追いつかない。口ごもったまま黙り込む俺を置いてけぼりにして、育都はなおも続ける。 「そういやばあさんにも随分会ってねえし、久しぶりにラーメン食いに行こう。秋本のラーメン、馨も懐かしいだろ」  にっこりと完璧な笑顔に、有無を言わさぬ態度。拒否権はないのだと悟り、俺は項垂れた。 「……ラーメンは、確かに食べたい」 「よっしゃ。それじゃ早いとこ出ようぜ」  勢いよく立ち上がった育都に、「お土産買ってくるからここで待ってて」と言い残してパン売り場へと走った。  ベーカリーから歩いて五分もかからない距離にある「葛木写真館」に立ち寄った育都は、「すぐに戻る」と言ってシャッターを半分上げると、店内に消えていった。  ちょうど育都と初めて出会った夜に机が置いてあった場所に立ち、向かいのコーヒーショップに目をやる。窓際の席には俺と同い年くらいの男が、窓の外をぼんやりと眺めながらコーヒーを飲んでいる。  よく知りもしない男と長時間車内で過ごすうえに、写真を撮られる。とんでもない展開に、いまも頭がくらくらしている。本当は逃げ出したいほど怖い。それでも断わらなかったのは、相手が育都だからだ。  取り立てて容姿が良いわけでもお洒落なわけでもない。背は低い方だしめったに笑わないし、どこにでもいる平凡な大学生に過ぎない自分を、育都は「撮りたい」のだと言う。  単なる好奇心かも知れないし、育都に流されているだけなのかも知れない。分からないがとにかく、育都が放つ強烈な原色の光に、いま自分は惹きつけられている。そして育都が言うように、写真を撮られることで本当になにかが変わるのかを、知りたかった。
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