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ジンジンと蝉の鳴く声が聞こえた。瞼を閉じていてもはっきりと明るさを感じる。薄目を開くと、窓から差し込む夏の陽差しが眩しかった。
「……え、うそだ……」
ベッドサイドの目覚まし時計を見て、愕然とした。午後二時をとうに過ぎている。
「本当に熟睡したんだ……」
上体を起こして、伸びをする。首を左右に曲げ、腕をすとんと落とした。身体が羽のように軽い。瞼は重くないし、頭痛も眩暈もしない。ベッドから飛び降り、早回しのラジオ体操のように身体を動かす。身体が自分の思うままに動いてくれる。それどころか、もっと動きたいと言っている。まるで子どもの頃の、思わず飛び跳ねたくなるような身軽さだ。
「……うわあ……」
昨夜の男の言葉を思い出す。もしあの言葉が本当だとして、お祓いのようなことをされて、その結果がこの身体の軽さだとしたら。
「……俺ってどんだけネガティブな人間なんだよ。ってか霊が憑いてたとか、あり得ねえ……」
昨夜の出来事をはっきりと思い出すほどに、狐につままれたような気分だった。
ベッドに腰掛けて、そのままぼんやりとしていたら、腹の虫がぎゅうと切ない声を漏らした。
久しぶりにまともな食事をしたくなった。卵とツナとタマネギを炒めて、スライスチーズと一緒にトーストした食パンに挟んで食べる。一枚では全然もの足りなくて、急いで二枚目をトースターに押し込んだ。
コーヒーを飲みながら、昨夜の男の言葉を思い出す。あの時、思わずかっとなってその場を立ち去ろうとしたのは、男の言葉があまりにも的を射ていたからだ。こうして思い出すだけで、胸がズキズキと痛むほどに、図星を突かれた。
あの男の言う通りだった。不平不満でいっぱいになって、そのくせ自分が傷つくのがなによりも怖くて、健の気持ちなどほんの少しでも想像したことなどなかった。
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