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『健はもてるし、俺でなくたって構わないだろ』 『健には俺の気持ちなんて分からない』  そんな言葉を、ことある毎に口にしていた。健はどんな気持ちで、そんな心ない言葉を受け止めていたのだろうか。  それなのに、俺の方が被害者だと、健に食ってかかった。前を向いて歩いて行こうと握りしめてくれた手を、俺は振り払って後ろに走って逃げた。健のことも、自分自身も、まったく信じていなかった。 「……くだらねえ、」  そうつぶやいて、俺は机に突っ伏した。  ただ、健のことが好きだった。好きだという気持ちも、付き合ったわずかな時間も、本当はもっと楽しみたかった。大切にしたかった。もっと一緒に笑い合っていたかった。  だって、過ぎた時間はもう二度と戻ってこないのだ。  こんな生き方はやめよう、と思った。全部、やめてしまおう。これからは前だけを見つめて、今度こそ明るい方へ歩いて行きたい。 「……こうして『やめよう』って思えるのも、あの男のお祓いもどきのお陰なのかな……」  男のことを、ふたたび思い出す。普段自分が最も苦手とする部類の、あのきっぱりとした物言いに、いまは勇気づけられていた。 「……お礼、言いに行こう」  正直、男に会うのは怖い。またなにを言われるか分からないし、会ってなにを話したいのかも、自分自身よく分かっていない。それでも、俺は男に無性に会いたかった。会って、ありがとうと言いたい。そして、ほんのすこし前向きになった自分を見て欲しかった。
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