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高速道路を三十分ほど走ってから、車はふたたび一般道へと降りた。「ちょっと寄り道する」と育都が言う。細く曲がりくねった田舎道をさらに走り続けること三十分。突然視界が開けたと思ったら、目の前に海が現れた。
道路脇に車を止め、海辺へ繋がる道を急いだ。照りつける太陽の光が、砂混じりの白い道に反射して目に眩しい。
砂浜に駆け出した途端、足が沈んでもつれてしまう。俺はスニーカーを脱ぎ捨て、勢いよく走り出した。青にも碧にも見える凪いだ海に目を輝かせながら、心地良い潮風を胸に、肺に、目一杯吸い込む。
「すげー。めちゃくちゃきれい。しかも夏なのに誰もいない」
「だろ。ここは知る人ぞ知る穴場のビーチなんだよ」
振り返ると、育都はカメラを構えている。慌てて顔を背けたら「俺は好きに撮るから、お前も好きにしろ」と言われた。そう言われても、なにをどう振る舞ったらいいのか分からないが、とにかくレンズから視線を逸らしたい。仕方なく俺はその場に腰を下ろし、脚を投げ出して、遠くに浮かぶ小さな漁船や、その向こうに点在する小島を眺めた。
穏やかな瀬戸内の海が好きだ。子どもの頃は夏になると親戚の家の近くのビーチに泳ぎに行っていたが、高校生に上がってからは勉強や部活に忙しく、ここ最近はまったく泳いでいない。
「気持ちいいぞ。馨もこっち来いよ」
育都は波打ち際に佇んでいる。押し寄せる波は、裸足になった育都の足首にまで及んでいた。時折大きな波が来て、「うあっ」と叫びながら後ろずさりする姿は、まるで少年のように無邪気だ。「早く早く」と急かされて、俺はしぶしぶ立ち上がりパンツの砂を払った。そんな姿にさえ、育都は当たり前のようにレンズを向けてくる。
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