5

2/8
742人が本棚に入れています
本棚に追加
/99ページ
 席はカウンターのみ、十人も入れば満席になってしまう、こぢんまりとしたラーメン屋「秋本」は、俺が通っていた高校の道路を挟んで向かいに立つ店だ。ラーメンにおにぎりが二つついた「学生セット」は三五〇円と小遣いの限られた高校生にはありがたい価格で、思いきり身体を動かして腹ぺこになった部活後に足繁く通っていた店だった。 「いらっしゃい。待ってたわよ。あら、懐かしい顔だこと」  俺を見たおばあさんが、にっこりと笑う。「さっき電話してラーメン取っておいてもらったんだ」と育都に耳打ちされた。そういえば、今日は土曜日だ。学生向けに営業しているこの店は、土曜日は昼過ぎには閉店してしまう。  育都は「よ、」とおばあさんに手を上げて、早速店の奥の給茶機で冷水をコップに注いでいる。 「突然押し掛けてすみません。……あの、俺のこと、憶えててくれたんですか」 「わたしはね、可愛い子の顔は絶対に忘れないのよ~」  可愛い子、という表現はなんとも微妙だが、この街を離れて三年以上経った今でも、自分のことを憶えていてくれたことが本当に嬉しくて、俺はぺこりと頭を下げた。 「すぐ用意するから、ゆっくりしててね」 「あ、はい」 「いっくん、おにぎり持っていって」 「はいよ」  育都が遠慮なく厨房のなかに入っていく。おにぎりと冷水をのせたお盆をカウンターに置くと、隣にどかりと座った。 「特別サービスでおにぎりは三つだとよ」 「ありがとう、いっくん」 「……」  眉をしかめてものすごく嫌そうな顔をした育都に、俺はにやりと笑った。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!