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「……だから、以前こっぴどく振られたんだよ」
「葛木くん、俺様系なのに、椙本さんに対してはどうしていつもそんなに弱気なんだろうね」
なおもからかうように笑う片瀬が、ほら、とばかりに目配せしてくるから、なかば投げやりに「撮らせてください、お願いします」と頭を下げる。
「いいよ」
あっさりと返ってきた答えに、こちらが目を丸くした。
「……え、……いいんですか」
「いいよ。あ、でも服は脱がないかもしれない」
「いいです。全然強要しないし、だいいち片瀬くんが勝手に脱いだだけだから」
「よく言うよ自分から誘ったくせに」
口を尖らせる片瀬は無視して、俺は椙本さんだけを見つめた。
「……本当に?」
「ああ、」
「でも、どうして?」
「……いつも撮られてるから、さすがに慣れた」
「ああ、」
くるくると丸い瞳の、彼の恋人の顔が脳裏にちらつく。
「それに、いまは新しいことに挑戦したい気分なんだ。ちょうどいいタイミングだったな」
『撮られるのは好きじゃないんだ。でも、あなたとは話してみたい』
東京で開催した、初の個展会場で彼と出会ったのは、もう十年近く前のことだ。
目が合って、一瞬で惹きつけられた。
「写真撮らせてもらえませんか」と、考えるより先に言葉の方が飛び出した。
そんな俺に、艶やかに微笑んで彼がそう答えたあの日を、まるでいまこの場所で起こっているかのように、鮮やかに思い出した。
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