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「そういえば、撮影のことは帆夏くんに話したのか?」
椙本さんの問いに、片瀬は手に持っていた携帯電話を閉じて「まさか」と笑った。
「そんなこと話したら、すさまじい電話攻撃されて、撮影どころじゃなくなる」
「すっげえ愛されるって感じでいいよな。俺なんか最近『仕事中だから』って、電話しても全然出てもらえねえし」
第一希望の会社に就職して、いまやすっかり企業戦士となった恋人のつれない態度を思わず愚痴る。
「学生だからヒマなんだよ。就職も『遠嶋さんが独立したら、そこで働くから』の一点張りだし、全然ひとのこと言えないけど、そんなに人生イージーモードで大丈夫かって時々思う」
「今日のこと、知ったらどんな反応するかな」
「さあ。案外いじけて音信不通になるかも。最悪『もう別れる』とか言い出すかも」
そんな風に答えながら、それでも片瀬は愉快そうに笑っている。
「椙本さんの写真撮ったら、きっと健が妬くだろうな」
「そうかも知れない、……ふたり一緒に撮ってもらおうかな」
「健は脱がしますから」
俺の台詞に、椙本さんが「それはいい」と笑う。
「健とは?」
「ああ、相変わらず、仲いいよ」
余裕たっぷりでそう答えられ、なんとも面映ゆい気持ちになって、ふたり「ほお」とため息を漏らした。
片瀬と出会ったのは、京都市内で開いた個展だった。独特の艶っぽい雰囲気を持った彼をすぐにでも撮りたいと思ったが、生憎その日は最終日で来客の応対に忙しく、軽く話をしただけで終わった。
だから次の個展で彼の姿を認めた時は嬉しくて、こちらから声を掛けた。
片瀬はひどく驚いた様子で瞠目した後、糸のように目を細めて「葛木さんが僕を撮りたいと思ってくれるなんて、すごく嬉しい」と微笑んだ。その顔がやはり色っぽくて、こいつめちゃくちゃエロそうだよな、とついにやけてしまったことを覚えている。
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