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恋人に振られたのは、突然の出来事だった。
夏休みのある日、「ちょっと旅行に行ってくる」と言い残して九州へ旅立った彼は、一週間後に大きな旅行バッグを提げたままの格好で俺の前に現われた。これまでに見たこともないような強く険しいまなざしに、大きく胸が鳴る。湧き起こる悪い予感に、身体が強張った。
「好きな人ができたから、別れて欲しい」
予感通りの言葉が、彼の口からはっきりと告げられる。それから深々と頭を下げて、「ごめんなさい」と彼は言った。夜の静寂に溶けてしまいそうな、とても静かな声音だった。
一瞬で身体が冷え切った。その後、急激に頭に血が上り、全身が震えた。必死で言葉を探しながら、呻くように声を絞り出す。
「……なんだよ、それ、わけわかんねえよ」
「本当にごめん」
「嫌だ。絶対、嫌だ。別れてなんかやらない」
俯いた俺を、まっすぐな瞳が、ただ黙って見つめている。
「お前、いつもそうだよ。全然本気じゃなくて、優しいふりだけして。俺のことなんか、最初からこれっぽっちも好きじゃなかったんだろ」
「それは違う」
「違わない。なんで付き合うとか言ったんだよ。なんで優しくした?」
「馨、」
「帰れ。お前なんか死ぬまで呪ってやる。絶対に許さないからな!」
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