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 低い囁きがかすかに聞こえた。低音が耳に心地良い。あたたかい指先が頬を撫で、くちびるに触れ、髪をやさしく撫でる。もっとしてほしくて、指を追うように頭を擦りつけると、ふっと笑みがこぼれるような吐息を感じた。 「……」 「着いたぞ」  はっきりと響いた声に、頭がものすごいスピードで覚醒する。いま自分は車の中にいて、声の主は育都であるということを、ようやく認識する。  薄目を開くと、キスする直前かと言うほどに、至近距離まで育都の顔が迫っていた。お願いだから無駄に整った顔をそんなに近づけないで欲しい。顔を逸らす前に、おでこにちゅっとされた。 「悪い悪い。可愛い生き物が隣で無防備に寝てるから、つい」 「……悪いだなんて全然思っちゃいないだろ、」  睨みつけた俺に、育都はわざとらしく肩をすくめた。  あれから気が済むまで泳いだ俺たちは、そのまま近くの温泉に向かった。塩風呂で熱すぎるくらいに身体の芯まで温まり、ふたたび育都の車に乗り込んだところまでは憶えているが、その後の記憶がまったくない。 「腹減っただろ。早いとこ行こうぜ」  育都の言葉に辺りを見回す。見慣れた景色に、頬が緩んだ。
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