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 十日ほど過ぎたある日の夕方、俺は電車に乗りHの街へと向かった。心が寒くて淋しくて、普段は苦手でしかない街の喧騒が、いまは無性に恋しかった。  路面電車に乗り換えて、街の中心部へと向かう。コーヒーショップに入り、窓際の席に座った。金曜の夜だから、行き交う人びとは皆どこかリラックスした表情だ。酒に酔ったサラリーマンが大声で叫び合っていたり、浮き浮きとしたカップルが身を寄せ合って歩いている。楽しそうな笑い声がからからと耳の奥で響いて、やがて消えていく。  好きだなんて言わなければよかったと思う。あの時間違えなければ、いまこんなにも苦しくつらい思いをすることはなかったはずだった。そんな後悔と自己嫌悪だけに心が囚われていた。  涙で滲んだ目で、ガラス越しの景色を眺めていた。夜九時を過ぎて、商店街のシャッターはほとんど締まっている。人通りもまばらになってきた、ちょうどその時だった。  向かいの店のシャッターが動いた。半分上がったところで止まり、中から現れた人物の姿に、俺は釘付けになった。  背の高い男だった。頭から腰のあたりまですっぽりと覆う、黒いマントを羽織っている。そのくせ下は細身のジーンズに、鮮やかな蛍光色のラインが入ったスカイブルーのスニーカーだ。変な出で立ちの男は小さな机と折りたたみ椅子を店の中から運んできて、ふたたびシャッターを閉めると、机の前に紙を貼っている。 『あなたの悩み、解決します』  張り紙には踊るような文字で、そう書かれてあった。
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