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月明
昼前から始まった撮影は、夕刻まで続いた。
昭和前期に立てられたという、古めかしい彼の家は長い軒のせいか、すでに日が翳り、ほの暗い畳の間に敷いた布団の上で丸くなった裸の身体を跨ぐ格好で、シャッターを切り続けた。
終わった、と告げると、彼は細い目をさらに細めて「お疲れさまでした」と安堵したように微笑んだ。
「あー、めちゃくちゃ緊張したけど楽しかった」
「緊張した? 全然そんな風には見えなかったけど」
「最後のほうはそうでもないけど、最初はガッチガチだった。……初体験よりヤバかった」
「なんだよそのたとえ」
苦笑する俺の横で勢いよく起き上がって、次々と衣服を纏った彼は、さきほどまでの滴り落ちるような妖艶さはどこかに消え、さっぱりとした和顔の青年に戻っていた。
俺の身体からも心地良い緊張感が次第に抜け、解れていく。手渡された、よく冷えた缶入りのオレンジジュースが空きっ腹に滲みた。
そんな俺の心が伝播したのか「フライングだけどめちゃくちゃ腹減ったから食べに行こう」と誘われ、歩いてすぐのところにある二十四時間営業のうどん屋へと向かった。
彼は家で過ごす間、ほぼ毎食をこの店で食べているのだと言う。
「だって、ここのゴボ天肉うどんは最高にうまいから」
子どもの言い訳みたいにそうつぶやくと、彼は俺が手にしたカメラを見つめて「それで、どうだった? いいのが撮れた?」と訊ねた。
「おかげさまで。バッチリ」
「それは、楽しみ」
ぽってりとした赤いくちびるの、口角をきゅっと上げて男が微笑んだと同時に、彼の携帯のバイブ音が響く。画面を確認した彼が、「もうすぐ会社を出るって」と言った。
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