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酒に弱い雅紀は、アルコール度数の低いカクテルを舐めながら、話の聞き役をしてくれた。普段、仕事ではお目付け役のような年寄りに周りを固められ、自分より年下の青年と話す機会などなかったから、こちらの話に興味津々に相槌を打ち、熱心に聞いてくれる雅紀の存在は新鮮だった。
ほんの気紛れで、暇潰しの相手のつもりだった雅紀との時間が、自分の中でとても大切なものになっていくのに、そう時間はかからなかった。
バーで飲んだ後も、雅紀はなかなか帰りたがらなかった。お互いそんなつもりはないと言いながら、ごく自然な流れでそのホテルの1室に泊まり、肌を重ねた。出会ったその日に相手と寝るような軽い青年には見えなかったが、雅紀は人肌に飢えていたようだった。互いの寂しさが共鳴し合って始まった、2人の関係だった。
夢の中で隣を歩く雅紀が、穏やかに笑う。大きな瞳を真っ直ぐにこちらに向けて、自分の問いかけに一生懸命答えてくれる。
『やっぱりおまえは、俺のことが好きなんだな、雅紀。恋人と思っていなかったなんて、嘘だったんだよな?』
問いかけた途端に、雅紀の顔から笑みが消えた。
哀しそうな顔。今にも泣きそうだ。
見知らぬ街角の風景が、崩れていく。
気がつくと、辺りはいつの間にか、白一色の世界になっていた。
『雅紀…』
呼び掛けて、彼に歩み寄ろうとした。
ダメだ。近づいているはずなのに、どんどん彼が遠くなっていく。
『行くなっ。雅紀っ』
彼は哀しそうに、首を横に振った。
伸ばした手は…届かない。
雅紀の姿が白い靄の中に消えていく。
「雅紀…っ!」
貴弘は、自分の出した大声で、夢から覚めた。
「貴弘」
声がした方にのろのろと視線を向ける。父が…桐島大胡が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「……父さん…」
「気づいたか。…気分は…どうだ?」
大胡の後ろに白い天井が見えた。貴弘は目だけ動かして周りを見回し
「ここは…どこ、です?…病院…?」
「ああ、そうだ。病院だ。…何があったか…覚えているか?」
頭の奥がやけに重たくてぼーっとする。
何が…あったか…?
俺はどうしたのだった?
何故…病院に…?
白い天井を見つめて、しばらくぼんやりと考えていた。
ふいに、総一の狂ったような笑い声がよみがえる。貴弘ははっと目を見開き
「…っ。ま…雅紀っ雅紀は何処ですっ」
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