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うるんだ目に雲一つない空を映していると、母親が亡くなった小学生のときのことが、ふっと頭をよぎった。
胸が苦しくて、次から次に涙がせりあがって、下をむくことしかできなかったわたしが、小さな一歩を踏み出すきっかけとなった、あのときのことを。
「睦美、今日はちょっと早いけど、お父さん、もう行くから」
会社に出かける間際の忙しい時間。
あいだをたっぷりととった呼びかけが、扉の向こうから聞こえてくる。
背中を壁にあずけてベッドに座ったまま、やわらかい声をやり過ごした。わたしが見送りをしなくても、お父さんは出かけていく。
「もうすぐ、おじいちゃんと、おばあちゃんが、来るからね」
これも、いつものこと。
お母さんが死んじゃってから、お父さんが家にいないあいだは、おじいちゃんとおばあちゃんが来てくれる。
「学校に行けそうなら、何時間目でもいいから、行ってみようね」
別に行かなくても、怒られたりはしない。
ただ、もうそろそろ欠席を続けて二か月ほどになるので、心配なんだろう。
お父さんがわたしに気を遣って、いろいろと言ってくれているのがわかるから、元気にふるまいたいけど、お母さんがいなくなってしまったショックが大きすぎて、立ち直ることができない。
夏も終わろうとしている時期に、十歳のわたしを残して、母は旅立っていった。
泣いて泣いて、泣きつかれて眠って、目が覚めたらまた泣いて。
泣くことで、さらに悲しくなってまた泣いて。
わたしが泣いてばかりいるうちに、カレンダーはめくれていって、部屋にクーラーを入れずに済むことで、秋がやってきたことを知った。
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