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 ブドウをひと粒、口にふくんだとき、チャイムが鳴った。鍵の開けられる音も。 「はい、おじゃましますよ」  低く落ち着いた声は、おじいちゃんだ。 「睦美ちゃんは、いるのかい?」  おばあちゃんもいっしょだ。  リビングをのぞいた二人は、テーブルについたわたしに笑みをのせたあいさつをする。  わたしは笑顔にはなれなかったけど、小さな声は出た。 「おはよう」  わたしに声をかけたあと、二人は自分のやりたいことをする。  おじいちゃんは将棋の本を開いて、将棋盤とにらめっこ。  おばあちゃんは、編み物をしたり、イヤフォンをさしたテレビを観たり。  学校はいいの? 少しは元気出したら? ご飯はちゃんと食べなくちゃね。  そういったことは、なにも言わない。  このリンゴおいしいよ。部屋の掃除をするよ。いい天気だね。今日は雨だね。  あたりさわりのない、身のまわりのことをさらりと口にするだけ。  孫をはれものにしてしまうのではなくて、自然にふるまってくれる。  しゃべりたくなったら、いつでも話しかけてね。  そんなことを笑みの奥にたたえながら、わたしのそばにいてくれる。  このままじゃよくないと思って、何度か話しかけようとしたけど、いつもくちびるがひっついたままで、言葉が出ない。
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