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賢い上に思慮深い我が子だった。第三王子であるアサドは、王子達の中で一番気遣いが出来ていた息子でもあった。
だからこそ、我が身を犠牲にして何を思い悩むのかも父であるイブラヒムとしては、いつも気掛かりであった。
「アレフ……」
イブラヒムは呼び掛ける。
「余は……昔、あれに言ったことがある……“お前なりの大義を示せ”と……」
あの時、軍への入隊を伝えにきたアサドにはまだ迷いがあった。
そして何故に軍へ入らなければならないのかもアサド自身が答える事が出来なかった。
だからこそ、父であるイブラヒムはそう問うた。
あの頃のアサドからしたら、軍へ入ることが唯一の逃げ道であった。
感のいいアサドであったからこそ気付きたくもない事が露に見える。その環境──
王族だからこそのしがらみや派閥。継承権争い。幼い頃から見たくないものをまざまざと見せつけられてきた。
王位継承が危ぶまれると知った途端、手のひらを返して背を向けた者達。
その全てから逃げるように軍へ入隊することを決めたアサドに大義など見つかるはずもないと。
だが今は違う──
「今のあれにもう一度同じ事を問うたなら……おそらく、あれははっきりと答えるだろう……それはそれは立派な大義名分ともいえる言葉を並べ、堂々とな……」
イブラヒムはそう口にしてふっと寂しげな笑みを浮かべていた。
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