第一話

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さっきまで話していたのを忘れたかのようにクルリと背を向けてさっさと行ってしまった。1日のデータ量にしては量が多い。今日は取引先の接待が多かったようだ。紙の重みでずり落ちそうになるのをなんとか押さえると、持ちやすいように体制を整えた。かろうじて綺麗にまとめたけれど、今日はきっと残業になるだろう。 「また、会社に寝泊まりかな」 誰もいない廊下で、小さな声が静かに響いた。 ◇ 先ほどの古びた扉を開こうとしてルカは重すぎる資料を一旦下に下ろした。廊下の床は古いものだけど、いつもピカピカに磨かれており、掃除大好きな同僚の顔を思い出して思わず口元が緩む。手書きの資料やパソコンで印刷された資料は一度汚れると厄介だ。どうしたものかと考えていたら、いつもやる気のなさそうな同僚が、掃除をする!と言い出し、しばらく机に戻らなかった。 「今日も磨いたみたいだな。データ入力は全然しないのに」 ブスッとした顔で机に座ってばかりの同僚を思い浮かべてルカは少し笑った。彼は彼なりの思いがあるらしい。上司であるリュウガの刺すような視線にも全く動じず、どこ吹く風かと右から左に聞き流していた。今日もピカピカに光る床を見ながらぼんやりしていると、胸元のスマホから聞き慣れた音が鳴り響く。思わずホッとしてすぐさまスマホを取り出し通話ボタンをスライドさせた。 「ルカ?大丈夫?なんだか、今日は一段と凄いらしいからさぁ」 「そうなの?」     
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