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険しい山々に囲まれた小さな村があった。
電線はなく、ガス管もない。非文明的な暮らしは不便も多く、しかし穏やかな暮らしが保証されていた。
村は冬になると雪に閉ざされ、内外で起こる出来事は双方に伝わることは無く、ただ静かに風化していく。
冬以外でも涼しい気候は変わることなく、しかし雪解け水によってもたらされる恩恵によって村では草花が茂り、肥沃な大地は果樹を丸々と肥えさせた。
働き手は雪解けと共に山を一つ越えた場所に出稼ぎに行き、雪の降り始め共に生活用品や保存のきく食料を山ほど持って、帰ってくる。
出稼ぎに行ったきりになるものも時折いるが、そもそも村の大きさ、農作物の量などの関係からあまり大人数を養いきれないこともあり、村人たちはそれを柔らかく見送り、祝福し、暮らしていた。
村には信仰もあった。
それは「神」という存在を崇め奉るものではなく、昨日を終えて今日を迎えることのできたことへの感謝、今日を無事に終え明日を迎えられることへの感謝、毎日を飢えることなく過ごしていけることへの感謝、そういったものを何か形のあるものへと集約するための象徴としての信仰だった。
村には一人の少女がいた。
大人ばかりのこの村で唯一の、子供だ。ヴィヴィアという名の女性と暮らし、草原で走り回ったり、森でかくれんぼをしたり、大人たちの手伝いで畑いじりや収穫をしたり、時折花を摘んで冠を作って遊んだり、そうして暮らしていた。
大人たちはアンリエットと名付けられた彼女が成長し、山越えに耐えられるだけの体力や精神力を身に着けたら、すぐにでも山を越えて人里に返してあげることを、そうしてあげられることを覚悟を持って望んでいた。
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