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「………………」
時計の秒針が時を刻む音と、ときおり彼女の部屋の窓を叩く夜風の音しか聞こえない深夜の二時。丘陵の中腹に建つ彼女のワンルームマンション。
麓から伸びる一車線の細い坂道に面していて、どん詰まりが頂上の城址公園という立地条件のせいか駐車スペースがないのも手伝って入居者が集まらず、四世帯のうちひとつしか埋まっていない。
高校の頃に観たアニメに登場する辺境のラブホというのが、こんな感じだった。
つまりは、車も滅多に通らない個室に私と彼女はふたりっきりでいる訳で、少々の声とか、そういうものに邪魔されない環境。だから静寂が神経を研ぎ澄まさせる。
そういうシチュエーションが揃えば、彼女のいう四月五日の深夜、他愛もない会話が途切れたと同時に、どちらからともなく目をつむり、唇を重ねてしまったのも必然だったように思えてくる。いや。正直にいえば、私はいけない期待を心に隠していたからこそ、今夜もこうして彼女の部屋にいるのだと思う。
「先週もさ」
彼女はちょっぴりはにかんだ様子で俯きながら、それでもよく通る声で告げた。
「百合とかレズとか、そういうのに、いちいち目くじらたてる連中が毎週末に車に乗って野猿街道のラブホにいって何やってんだ? ……って、そんな話をしてるうちに、一線超えるのって難しいことなのかな? ……ってなってさ、それで――」
「実験しちゃったんだよね。でも、成功だったのか失敗だったのか、私たちは結論をださなかった。私はね、確かめるのが怖かったんだよね。もし、アンタが照れくさそうに長い髪をすきながら『あはは。昨夜のアレ。ノーカウントにしない?』なんていわれたら――」
「……あたしが、そういったら、どうするつもりだった?」
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