花びら

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 夢は残酷に、私を死者と再会させる。  昭和四十六年。夏蝉の啼く頃。ひまわりは黄色い花びらを開き、小さな風に揺れていた。小学校に上がる前の私は祖母に手を引いてもらいながら、夕暮れの商店街を歩いたものだ。頭の上には赤いアーケイドが続いており、時折それが途切れると、彼方に狭い空が見え、騒々しい町の音がその切れ間から聞こえていた。  当時、敗戦から四分の一世紀経った岡山の町には、夕暮れには夕暮れらしい音があった。それはせわしくどこか寂しげで、あかりの翳る不安を掻立ててくるような雑踏だった。家々からの夕飯の支度の音や、家路を急ぐ誰かの足音、国鉄の走る踏切から聞こえてくる遮断機のおりる音すらも夕暮れには夕暮れにふさわしく聞こえていた。暗くなる前に家に帰らなければという気持ちに急かされ、その音の中に私の漕ぐ自転車のペダルの音がまじる日もあった。  私は買ってもらったばかりの自転車でどこかしらに出かけてゆくのが好きで、とは言え子供の脚なので家からさほど遠くない道ばかりをぐるぐると走っていた。幼少時代にはそんな時間がふんだんにあった。ぼーっとしていたという記憶がない。なにかしらに没頭していたり、祖母と並んでてくてくと、どこまでも歩いていた記憶が私の中に刻まれている。ある日、歩きながら祖母が言った、歌をうたわないね、と。うたえるよ、と何かうたったような気もするし、恥ずかしくてそのまま黙って歩いていたような気もする。そのあたりの記憶は曖昧だ。夏なのに黄色い長靴を履いていたことと、夕飯のおかずに何を食べたいかを聞かれ、豚の丸焼きと答えたことは鮮明に覚えている。そのまましばらく歩き、肉屋で焼豚を買ってもらって帰ったことも。
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