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格子戸は虫食いだらけだ。
東は、毎朝の習慣でその穴から鼻先をにゅっと飛び出させた。外の空気を肺いっぱいに吸い込む。
湿っている。屋根の苔の匂いもしっとり香る。雨が降っているのだ。
真冬はその穴から冷たい北風が吹き込み、とても寝ていられたものじゃない。社の奥で二人身を寄せ合って眠るようにしていても、夜中に何度も震えて目が覚めてしまう。
昔はよかった。少しでも戸板が欠けようものなら、すぐさま修繕してくれる住民がたくさんいた。あの当時は、屋根も柱も戸も、いつも新築のようだった。お供えも途切れたことがなかった。もう遠い過去のことだ。
でも、夏の足音が近づきはじめたこの頃は、かなりマシだ。夜中に豪雨でも降らない限りは、途中で安眠をさまたげられることはない。
オンボロ社でも、しっかりと身体を休められる。
東はとがった鼻を抜き、社の奥を振り返る。
白装束の少女はまだ眠っている。
身体を横向きにして、白く瑞々しい素肌の腕も素足も、腰まである長い黒髪も、乱雑に投げ出している。人間で言うと、歳の頃十六、十七のその身体の造形も、しぐさも、東には慣れ親しんだものだった。
「神様」
ぽつり、と呼んでみる。少女はまぶたも動かさない。死体のようだ。
「雨が降っているよ。きっと、今日も誰もこないね」
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