例えば雨上がりの朝に君が隣にいること

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「思う存分、寝て過ごせるじゃないか」  いまだ意識が奥深くに沈んだままかと思われた少女が、唐突に口だけで返事をした。だけど、東は驚かなかった。珍しいことじゃなかった。  この社の神様は、夢の中と現実の境が曖昧なことがしょっちゅうだ。寝ていてもしっかりと受け答えをすることがあるし、逆に、起きているのにすべての反応をシャットアウトしてしまうこともある。 「もう何日そんな日を過ごしていると思っているの? 僕はもう飽きちゃったよ。誰かくればいいのにな」  そして、もう一度外に目を向ける。穴からのぞく景色はけぶっている。  最後に人が訪れたのはいつだっただろう。東は記憶をさかのぼる。半年は見ていないように思う。いよいよ忘れ去られてしまったのだろうか。  人々の間で長く語り継がれてきた、あの噂を。 「人間はくると面倒だな。こないほうがよい」  東の黄金色の毛がふさふさと生えた頭に、少女の声がぶつかった。  四つ足で立ったまま、東は振り返る。自分の太い尻尾が目に入った。秋の稲穂のような色をしている。先端が焦げたように茶色い。 「こなかったら困るのは神様だよ。人間の願いを千個叶えないと、僕らは天界に帰れないんだから。今、九百九十九個だ。あとひとつだよ」 「別にもうどうでもよいわ。天界に戻ったら、やることがたくさんあるからな。こうやってのんべんだらりと過ごしておられんだろう」  尻尾の奥で、少女はいつのまにか肘を立て、手の先に頭を乗せていた。
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