たとえ、苦しくても。

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老人は興味深そうにひげを撫でる。 「ほお、それは面白い。どんなときに、どんな声をきいたのかね。ぜひとも教えてもらいたい」 「そうですね。たとえば見てください、わたしのこの服装。ボロボロで、いかにも見すぼらしいでしょう。お風呂もろくすっぽ入れてないので、肌も泥だらけ。店のショーウィンドウに映るわたしの顔も、ひどく醜いものです」 「そんなことはないけどね、肌は洗えばシルクのように美しいだろうし、顔も人形のようにかわいらしい。まあいい、続けなさい」 「自分の見すぼらしさに、どうしようもなく気持ちが沈んだとき、わたしは手を合わせて、心のなかでいうのです。『神様。あなた様が与えてくださった体を、汚してしまってすみません。こんなに酷く、見すぼらしいものにしてしまってすみません』と」 「すると?」 「心の中に、反響するように、神様からの答えが返ってきます。最初はあなたがおっしゃったように、『そんなことありませんよ』と励ましてくださいます。そして、こう付け足します。『それに、もしあなたの体や身分が見すぼらしかったとしても、まったく問題ありません』と。 『どうしてですか』とたずねると、神様は答えます。『なぜなら、死んであの世に持ち還れるのは心だけだからです。いくら身分があって、見た目が美しくても、心が汚ければ全く意味はありません。あなたは純粋な心を持っています。それでじゅうぶんなのです』と」 「ほほう」 老人は目をまるくしながら、 「確かに、死んでしまっては地位も名誉も、肉体もすべて捨てなければいけないからね。ほかにはなにか、言われたことがあるのかい」
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