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静寂の彼方で
この世界に、やはり「自由意思」なんてものは存在しないのかもしれない。
自分の意思でなんでもできるとお偉いさんたちは豪語するけれど、天気も、人の機嫌も、時間も、僕らには何一つコントロールすることなんてできない。
そして「死」もまた、そのうちの一つなのだ。
「午前二時十七分、お亡くなりになりました」
淡々と事実だけを述べる医者を横目に、僕は病院のベッドに横たわる妻「だった」ものを眺めていた。
「御愁傷様です」
そう言うと慣れた手つきでその医者と付き添いの看護婦は周囲を片付け始める。
「ありがとうございました」
誰に向かって言ったわけでもないが、感情の一切こもっていない感謝の言葉を述べた。
意外と自分に向かって言った言葉だったのかもしれないが、今となってはそんなことを考える気力もない。
「では、また来ます」
よほど気を使われているのだろうか、先ほどのお礼に一切返答はなく、ただそれだけ言うと二人は去っていった。
こうして僕は誰もいない空間に、いなくなってしまった空間に、一人ぽつんと取り残されてしまった。
「頑張ったな、京香」
ポツリと呟いた慰めの言葉は、もう届かない。
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