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花衣は信じられない、という顔をした後で、遠慮がちにその二枚の万札と六枚の千円札を受け取った。
そして支払われた給金を手に、一砥に向かって深く頭を下げた。
「あの、何て言うか、ただびっくりなんですけど……。ありがとうございました……」
「別に礼はいい」
「そんな、だって……本当のところを言うと、あそこでの仕事は自分には向いてないなって思ってたし、いくら時給がいいからって、またああいうお店で働くのは怖いなって思ってて……」
そこまで話して、花衣は少しだけ涙ぐんだ。
「だから本当に、すごく感謝しています……」
一砥はギョッとして、「おい、このくらいのことで泣くな」と、慌ててその肩に手を置いた。
「君を泣かせたりしたら、奏助に何て言われるか……」
「え?」
「いやこっちの話だ。とにかく泣き止め。これは命令だ」
“これは命令だ”という一砥らしい一言に、花衣は一瞬ポカンとして、そしてすぐにクスリと笑った。
「分かりました……」
エプロンの裾で濡れた目尻を拭い、花衣は可笑しそうにクスクス笑った。
「それにしても、雨宮さんは女性を慰めるのが下手ですね」
「当たり前だろう。そもそもそんなことを得意になりたくない」
その返しに、花衣は堪え切れずに「あははっ」と声を出して笑った。
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