183人が本棚に入れています
本棚に追加
/116ページ
私の様子がおかしいと感じて、美冬に連絡をとったのだ。
いつもはあおるように飲む生ビールの中ジョッキ。乾杯もせずに、それぞれ一口だけ口をつける。
美冬に促されて、黒崎課長との事を初めから話した。美冬にも言ってなかった、ずっと黒崎課長との関係を続けているという事も……
美冬と玲子さんからの無言の圧力。
私は小さく息を吐いて、生ビールに口をつける。いつもはおいしいと思うのに、今日は苦く感じるだけだ。
「繭子は知らないと思うけど。秘密にされてる訳じゃないから、言うね」
玲子さんが、私を見つめながら口を開いた。
「黒崎課長の奥さんは、専務の娘だよ。あのスピード出世も、そういう事なんだろうって。まっ、あの人、人当たりはいいから、はっきりと言う社員はいないけど」
玲子さんは、黒崎課長の事をよく思っていない。『うさんくさい笑顔の下で、何を考えているのかわからない』というのが、玲子さんの黒崎課長の評価だ。
「だから、絶対に離婚しないよ。黒崎課長は」
少し語気を強めて言った玲子さん。
私は小さく頷いた。
「黒崎課長と結婚したいとか、そんな事一ミリも思ってない。『もっと早く出会っていれば』なんて事も言わない。“奥さんも子どももいる”黒崎課長に惹かれたんだから….…」
一気に言うと短く息を吐き、言葉を続けた。
「私は、わずかな時間でもいいから、一緒にいたい。一人の“女”として、黒崎課長の傍にいたい……!」
想いを込めて、美冬と玲子さんを交互に見た。
黒崎課長のお母さんが亡くなっている事、名前が『まゆこ』だという事は、美冬と玲子さんには話すつもりはない。
それが黒崎課長のやり方だと言われそうな気がしたし、私一人の心の中に留めておきたかった。
最初のコメントを投稿しよう!