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「健治、ちょっと踏み台もってきて」 母が離れで呼んでいる。 「太田さんも、一緒に来て」 母の声はゆったりと落ち着いている。 一番日付の新しい遺言書が、健治の部屋から見つかった。 父は祝詞の裏側に遺言書をしたためたのだった。 それには、 「作品、著作権、家屋、預貯金、証券類」は良枝と健治に、 「不動産」はマユミにとなっている。 おたふくさんにも、 今後も柏田家に仕える事を条件に少なくない金額の遺贈があった。 マユミは烈火のごとく怒った。 「冗談じゃないわよ!ふ、ふ、不動産ですって!! 山じゃないの!いらないわ!そんなもの。 山なんて最近じゃ売れなくて、持ってても税金とられるだけじゃないの。 いいです。放棄します。 あの遺言書を作るのにいったいいくら…」 「ちょっと待った。あんた、私文書偽造って知ってるか? 俺を騙したのか!」 ぷりぷり怒って出て行くマユミの後を弁護士が追い、 二人は口論しながらいなくなった。 良枝はすぐに太田富久子を呼び戻した。 おたふくさんが良枝に 「奥様、あの山はね、マツタケが採れるんですよ。 場所はこのわたくしがよーく存じております」 とささやいた…。 「どうしたの?母さん」 「社の扉、開いてるんじゃないかしら。ちょっと見てくれない?」 健治は踏み台に乗り神棚を見る。 あれだけ開かなかった扉がほんの少し、開いていた。 中は暗くて見えない。 「ほんとだ。開いてるよ」 「神様、最近お外にお渡りなされたんでしょうかねぇ。 めったにない事ですよ、ぼっちゃん。 閉じて差し上げて下さいませ。 神様、もうお戻りですよ。ほら、お水に気泡がついている。 ぼっちゃんがいらしたこと、お喜びですよ」 おたふくさんが嬉しそうに言った。
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