祝詞《のりと》

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祝詞《のりと》

小学校に上がると、健治は離れに一番近い部屋を与えられた。 義父が祝詞を読み上げる声がよく聞こえた。 離れは廊下で繋がっている。 朝、陽が昇る少し前、 母と、 健治が密かに「おたふくさん」と呼んでいる使用人太田富久子が 参拝の準備を始める。 水、榊、米、塩、燈明。 漆塗りの真っ黒な盆に載せて、二人がしずしずと運んでいく。。 衣擦れの音、足袋が床を擦る音が終わると、 しばらくして柏手の音が響く。 大きな、分厚い力強い手を思い浮かべ、 健治は母と自分が義父の手に守られているような頼もしさを 布団の中で感じる。 義父は、「天津祝詞(あまつのりと)」を朗々と奏上する。 「たかーあまーはらにーーー」 健治は「たかーまがーはらにー」と口真似し、 よく母と義父を笑わせた。 家で一番えらいお父さんがいつも祝詞を読んでさし上げる。 神様は、もっとえらいんだなあと健治はぼんやり思った。 祝詞の口真似が上手くなった頃、 義父は黄緑色の布を張った細くて薄い冊子を健治に手渡した。 蛇腹に折られた和紙を開くと義父の筆字で 「天津祝詞」が書いてあった。
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