急死

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急死

小学校を卒業する頃には 健治の背は、長身の義父の肩まで伸びていた。 神棚に祭られた社の全容を、横側からなら観ることができた。 離れは狭いので、 正面に立って全容が見えるほど、神棚から離れる事ができないのだ。 小さな白木の社は、 雨風を受けずにきたとは言え、 色がくすみ、 扉に描かれた紋のような図形の金箔は所々剥げ落ちているようだった。 しかしながら汚いとか、みすぼらしいとか 思うのもはばかられるような冒しがたさがあった。 社は、年月を経てますます威厳や風格が備わったように 健治には感じられた。 そんな健治の気持ちが大きく変わった。 中学校に入った翌年、 挨拶を忘れた事をクラスメイトに話し、 「お前ん家変わってるな」 とバカにしたように言われた事がきっかけだった。 神様とのつながりを、子供っぽいと思い始めた。 健治はお水の仕事を 嫌がるようになった。 最初は怒っていた義父も、 なだめすかしてお水を運ばせようとしていた母も、 健治の 「なんでだうちけ、俺だけやらなきゃないんだ、クラスの奴らに笑われたぞ」 という抗議で無理強いを止めた。 おたふくさんの 「ぼっちゃんは必ずまた始められますよ。難しいお年頃でいらっしゃいますからね。 神様、ぼっちゃんが大好きでいらっしゃいます。 ほんの一時ですもの、許してくださいますよ。」 の言葉に促されての事もあった。 お水を運ぶ仕事を止めて、 健治は少しの間は解放感や 自分を揶揄したクラスメイトと同じ 「神様なんて信じてなくてだから何もしない同士」 としての連帯感を持っていた。 だんだん健治は毎朝義父が祝詞を上げる時間になると、 なんとも言えない嫌なものを飲み込んだ感じになった。 学校へ行く時の神様への挨拶は癖になっていて続けており、 そのたびに、 何かとても大事な約束を破ったような気がして後ろめたくなる。 時々脇に回って社を見上げるが、 社は健治が仕事をしてくれなくなった事など気にもかけていないように 威厳をたたえ正面を向いている。 なんだか見捨てられたような気になり、 明日お水運びを再開すると義父に言おうと決めた日の夜、 義父が急死した。
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