遺言

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遺言

高名な書家である義父の死はテレビニュースになり、 新聞の一面をも飾った。 文化人の死だったせいか、マスコミの騒ぎは案外早く収まった。 離れの神様へのお供え・参拝は健治の仕事になった。 健治は毎日懸命に勤めた。 今までの分を取り返そう、神様に詫びようと思った。 ある朝、 健治が台所で盆に新しい榊を載せようとしている所に 昨晩急にやってきた義父の妹マユミが入ってきた。 「おはよう。健治くん。もうしなくていいわよ」 義父のただひとりの親族マユミは ほとんど実家に寄りつかず、 カネをせびりにだけくると言う。 そういえばこの女と義父が書斎で話していると、 必ず義父の怒号が飛んだ。 母とおたふくさんが朝食の支度をしている間に 入念に化粧していたらしく、 眉の端から唇の口角まで、きっちりと塗られている。 「いえ、このお仕事は、ぼっちゃんが何年も一生懸命」 おたふくさんが言いかけた所をマユミが横柄に遮る。 「太田さーん。あなたね、何様?」 マユミは小さく舌打ちすると良枝に向き直る。 「良枝さん、今日弁護士さん来るから。 そろそろこれからの事考えましょうよ」 それだけ言うとマユミは台所を出て行った。 男は弔問客が来なくなった頃を見計らってやってきた。 客間に良枝、健治、マユミ、弁護士が集まる。 おたふくさんが茶を出して下がると 弁護士が鞄から封筒を出して机に置いた。 「ご主人様の遺言書です。妹さんに託しておられたそうです。」 「はあ…」 良枝は戸惑いを隠せない。 「じゃ橋本さん、お願いします。」 マユミは嬉しそうだ。 「はい」 橋本は封筒から、便箋を取り出し良枝の前に広げた。 「作品、著作権、不動産その他柏田義男(瑞風)の全財産を妹マユミに譲る。」 と万年筆で書いてあった。 遺言書を作った日付は、義父が前妻を亡くした2ヶ月後になっていた。
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