別離

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別離

二週間はあっという間に過ぎた。 おたふくさんの管理が良かったため、 権利書や証券類はすぐに用意できた。 皮肉なことによく働いた事がおたふくさんの解雇を早めた。 お別れの時、おたふくさんは健治の手をしっかり握り、 「離れの神様は、ぼっちゃんの事が大好きですよ。 きっと助けてくれます」 と言い残して行った。 「そんな事言われたって…」 自分たちも明日には出て行くのだ。 離れは案外建築年代が新しく、材質や調度品も平凡なものだった。 書家柏田瑞風が毎朝祝詞を上げ、 新しい家族の名を書いた他には 大した価値もないことが判明していた。 健治母子は、 しばらく母の実家に身を寄せ 遺留分減殺請求の手続きをする事になっていた。 実家もあまりいい顔をしなかったのか、 母が何度も電話に向かって頭を下げているのを健治は見ていた。 健治はがらんとした自室を眺めまわした。 あるのは箪笥と、勉強机と、義父が用意してくれたものらしい文机。 文机の上には、義父からもらったお手製の祝詞を載せておいた。 もう神様のお世話することもない-そう思うと、 持ち出す気になれなかったのだ。 「高天原にぃ---」 ふっと口ずさんだ。 目がうるむ。 がたん。 離れの方から物音がした。 反射的に、健治は廊下にとびだした。 誰もいない。障子が少し開いていた。 健治は障子を開け、離れに入った。
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