離れの神様

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離れの神様

障子を開けると、籠った空気が漏れて来た。 かすかにカビの匂いがする。 健治は障子をいっぱいに開け、濡れ縁の障子も開けた。 風が通った。 なつかしい畳の香りが立った。 辺りを見回す。 虫一匹いない。さっきの物音は、なんだったのかな。 伸びあがっても神棚の上は見えない。 社が相変わらず、 どんな目にあっても変わらずまっすぐ前を見ている。 健治は急いで台所から踏み台を持ってきて神棚をのぞいた。 榊の葉がからからに乾いている。 グラスの水は干上がり、 社の屋根にも棚板の上にもほこりがたまっている。 健治は天袋から道具を取り出し、 神棚を掃除した。 試みに、社の扉を爪でこじ開けようとする。 小学生の時、踏み台に乗って手を伸ばし、 こじ開けようとして 踏み台から落ちて大騒ぎになったことがあった。 義父からも母からも叱られ、 自分もずいぶん痛い思いをしたけれど、 あの白木の扉が固く閉じられていて 全く開かなかったことは覚えている。 今回もやはり開かなかった。 榊立てとグラスに水を満たし、榊は活けてやる。 神鏡を磨き、お燈明をともした。 「神様。 古くからいらっしゃる神様 紋章に、輝くばかりの金箔が施された扉を持つ 年を経て威厳ある御社にお住まいになっていらっしゃる神様 こうして打ち捨てられていても あなたさまの威厳は少しも失われません。 あなた様は 風に息を吹き返し、 神々しく、輝かしさが増すばかりです。 僕達はお父さんが亡くなり、 ここを出て行かなくてはなりません。 神様、 あなた様のお力で どうか僕達を助けてくれませんか。 この、助けを乞う僕のことばが、 どんな障害をも押し拓き どうかあなた様に届きますように。 畏れながら、申し上げます。」 助けを求める言葉が、自然と口をついて出て来た。 健治はいつの間にか手を合わせ、神棚にこうべを垂れていた。 健治がすべて言い終わり、ひと呼吸する間だけの沈黙ののち。 ぉぉ…ぉおおおおお! 大きな、雄たけびのような声が響いた。
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