天翔ける

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天翔ける

離れ中が音をたててガタガタ揺れ、鎮まった。 「え!?」 何かいる。神棚の上だ。 「な、何」 見えないけれど、確かに何かいる。それは榊立ての陰から 下界をうかがっている。 飛んだ! お燈明の炎が揺れる。 それは健治の肩に軽やかに降り、ぐい、と踏み込んで再び飛ぶ。 タッ。 畳に降りた。 タッ タッ タッ 畳を渡り、いっぱいに開かれた障子から飛び出した。 健治の部屋の障子に、 羽化したばかりのセミの翅のような、美しい光沢のある薄緑色の布がぴた、 と張り付き中へ吸い込まれた。 「待って!」 健治にはそれが何かわかっていた。 何と美しい衣だろう。お召し物の袖だ。 「神様、待って!」 部屋に入ると、薄緑の美しい袖が舞ったように見えた。 ざあっという音とともに風が吹く。 バタバタッ 文机の上に置いた祝詞が吹き上げられる。 はら…と蛇腹の開いた祝詞が落ちた。 「え…」 誰もいない。気配さえしない。 仕方なく健治は畳の上の祝詞に手を伸ばした。 「あれ…?」 そこに書いてあるのは「天津祝詞」ではなかった。 祝詞は風でひっくり返り、裏面が見えていた。 柏田瑞風独特の流麗な筆跡で、墨痕鮮やかに 「遺言書」とあった。
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