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「椎名さん、今O町で介護職員やってるらしいぞ」 窪田の言った町名は椎名ゆり子の郷里ではなかった。 ゆり子は教員免許も図書館司書資格も学芸員資格も持っていた。 どれもなかなか空きが出ない仕事ではあるが。 「全然畑違いで、キツいわりに報酬が低いって問題になってる業界だ」 「そうだな」 俺は興味のないふりをする。窪田は不満そうだ。 「…お前さ、俺にだけは話せ。 お前あれから合コン行かなくなったし、 告られても断り倒してるよな。 お前ずっと好きだよな、椎名さんの事。」 図星だった。 俺は往生際悪く、椎名ゆり子のことが諦められないでいた。 あんな別れ方をしたんだからなおさらだ。 時々どうしようもなく泣きたい衝動にさえかられる。 窪田はさらにぎょっとするような事を言い始めた。 「これはまた聞きだけどな、 椎名さんが実家へ帰った晩、 彼女が体育館から出てくる所を見たヤツがいるんだ。 翌朝体育館でお前、寝てたそうじゃないか。」 「…知らない。あの時は暑いから、涼しい所で寝ただけだ。 椎名さんが来たかどうかも知らない。 お前は何でもよく知ってるな。」 俺はゆり子を守ろうと必死だった。 たとえ親友の窪田であっても、あのことは話したくない。 ちっと窪田が軽く舌打ちするのが聞こえた。 「俺、もう帰るよ」 窪田が千円札を何枚か出し、その上に小さなメモを置いた。 「住宅型有料老人ホーム Oタウン憩いの家」 窪田の丸っこい字が並んでいた。 住所と、電話番号も書いてある。 「椎名さんの働いてる施設だ。じゃあな。またな。」 窪田はメモに見入る俺に振り返りもせず出て行った。
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