化粧

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化粧

ゆり子が指定したのは、居酒屋だった。 家族連れが食事にでも来るのか、駐車場が広い。 通路の両脇に個室が仕切ってあった。 椎名と告げると個室の一つに案内され、店員が廊下側の簾を下げる。 薄暗い照明の中、 メニューを開いていても、頭に入ってこない。 ゆり子がどんな思いでここに来るのだろうと思うと 不安になった。 色の薄い口紅を差していただけのゆり子が、化粧していた。 社会人になった、ということなんだろう。 目鼻立ちがくっきりして、少しほっそりした顔に、 紅い口紅がよく似合っていた。 仕事着姿だったのに、色気があった。 そのくせ、顔の両脇の髪を三つ編みにして、後ろに回して留めているのが 女の子みたいだった。 きれいになった顔で、笑ってくれるだろうか。 とても笑ってもらえるとは思えない事を尋ねにきている と思うと暗い気分になる。 何て切り出そうと考えあぐねている時に、 ヒールの音が近づいてきた。 「こちらです」 案内係の声がして、簾があがった。 「遅くなってごめんなさい」 ゆり子が来るなり頭を下げる。 唇が、たった今口紅を引いたようにつやを帯びている。 俺のために化粧を直してきてくれた。 俺は無性にうれしくなる。 ジャケットを脱いで壁のハンガーにかけようと伸びあがる。 紺色のVネックセーターの上に、 学生の時の様にカーディガンを羽織っている。 ここは暑いくらいだ。 相変わらず、胸を隠したいらしい。 目に焼き付いているから無駄なのに、 と内心思う。 細い腰に、膝丈のタイトスカート。 ヒールを履いた脚がきれいに伸びている。
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