シーリングファン

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

シーリングファン

眠る前の一瞬、そのまどろみは廻るシーリングファンに似ている。 繰り返される日常、かきまわされる少し重たい空気、忘れたふりをしている将来への不安。 チラチラと光が差しては消えるように、希望とその逆を思い起こさせ、そして最後に諦めという名の眠りに落ちる。 多くの人はその眠りを熱望し、それは体の自然な欲求にのっとった、とてもすこやかなるものなわけだが、私の場合少し事情が違った。 いつまでもいつまでもシーリングファンは廻りつづけ、穏やかにしてくれるはずの眠気というベールは訪れない。 深夜は静かであるがゆえに瞑想的である。ただベッドにいるだけで、人生全体を否が応でも見通してしまう。 空費しているこの人生を。 見通せてしまう人生にいったいどんな価値がある? プラスチックでできたシーリングファンのような人生に、どんな価値がある? 廻り続けるうちに生み出してしまった数々の罪は、朝日が浄化してくれる? しかし朝日が昇るまでには絶望的な夜が横たわっていた。 空虚で優しい時間が。 毎日何とかしてやり過ごすだけの時間が。 そうして今日も新聞配達の音がする。 朝を知らせる最初の音。今日も眠れなかったことを知らせる審判の音。 自己嫌悪が募る瞬間だった。 はたらいているひと。ねむれないひと。 私の名前はねむれないひと。 何もしていない人の名前に価値などないから。 どうして私が眠れずに横たわっているか気になる? その背景に何があったのか気になる? それはとてもありふれたもの。ただ眠れなくなっただけ。ただそれだけ。 だから私の名前はねむれないひと。 眠れないのに、実質的には眠りつづけている人。社会的には眠りつづけている人。 いつ人生がスタートするか分からずに、天井で廻りつづけるファンを眺めている。 いずれ訪れるであろう、否応無しの眠気を待って。 それはできれば桜の散るころであってほしいと願いながら、わずかに明るくなってきた部屋に安心し、私は目を閉じた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!